舞台の上

これがワタクシのプログラムの写真です


「河合亞美こと、藤間絢也」
プログラムにこう書かれるのは一生に一度です。
この記載で「この人は今日名披露目なんだな」ってことが
お客様に伝わるわけです。


そう。一生一度の、名披露目でございました。


一生一度、ということで・・・
御稽古中や、日常生活では日々、
「ああ名披露目名披露目・・
名披露目なんだからしっかりしなくちゃ・・・
名披露目なんだから・・」

と勝手なプレッシャーを自分に掛け捲っていた私でしたが・・・。


そういう意味では
舞台の上ではまっさら
でした。


名前がどうとか、そんなことは一切頭から消えて、
その場所にいることのみに集中できました。


しかし、踊りながら、いろんな心の動きはあります。



先日、踊りをまったくやったことのない友人に訊かれました。
「ねえ何を考えて踊ってるの?」

その答えをつらつらドキュメントで残します。



ここに書けることはほんの、一部、ですけど’(笑)



*******************




花道の幕が開いた瞬間、幕から出る直前に一度着物の中でつまづいた。
足がまったく前に進まなかったのだ。


下浚いのときよりいっそうしっかり着付けされていた裾。
経験不足から、足を割らないまま出てしまった私。
躓いた瞬間のあの「げっ!」という衝撃は一生忘れないだろう。
幸いお客様の前に出る前だったので、誰にも気づかれることはなかった。



しかし、もう出てしまった。引き返せない。
裾が割れてないから、いつもの半分の歩幅で進まなくてはならない。
とにかく、とにかく、七三まで、
三味線の決まりまでにたどりつかなくては。


朝、舞台調べ(場当たり)のときに
何度も何度も花道を往復して
歩幅とスピードをチェックしたけど、
まったく歩幅が違う今、
果たしてあそこまでたどりつけるだろうか。


ああ舞台が輝いている。
あそこが私を待ってる。
絶対に間に合う。間に合うから大丈夫。



たどりついた。
一番たどりつきたい場所までたどりついた。


ピッタリだった。ほっとした。


気持ちよく首を振って決まった。



でもここから戦いが始まる。


もうわかっている。


ここまで歩いてくる間に私の裾は
もう決して開かないことがわかってる。
足もいつもより上がらないことがはっきりわかってる。
初めての花道。怖い。



しかし驚くほど私は冷静だった。
びびっていたけど動揺はしてなかった。
「音を聞こう。ゆっくりゆっくり踊ろう」
下浚いではずしまくった間が綺麗にはまっていく。



よし。いいぞ。


踏んで片足でケンケンで回るところ。
そのくだりに来るずいぶん前に覚悟していた。

「あげられない足を無理してあげてよろめくより
つま先が床に触れるところで回ろう。」
※これは後に、師匠に「その判断で正解」と言われました※


回った。よろめかずに回れて、
その後に踏むところが綺麗に入った。



脇に枝を挟んで、沢山ある文の一つをしばるしぐさ。


ちょうどいい文が見つからない。
「どれ?どの文が一番、カッコになる?!どれじゃあ?!」


・・・と心で叫んだのはおそらく1秒以内。
なんとか「これ!」という文を見つけて結んだ。
※あとでDVDを見るとこれが功を奏してゆっくりといい間で結んでいる(笑)※



さあ、いよいよ、舞台だ。


舞台に進む間も、裾の中で足が
何度か突っかかりそうになったがこらえた。


このまぶしい舞台の上で、
私はほんの少ししょんぼりしかけていた。


こんなに歩きにくい状態で、どこまで踊れるんだろう?



いや、考えまい。どこまでとかそんなこと考えまい。


さあ、セリフだ。


「さあさあこれはいろをあきのう文売りでござんす」


なんの引っかかりもなく気持ちよく声が抜けた。

劇場に響く自分の声の反響が気持ちいい。


ゆ〜〜っくりゆっくりしゃべるんだぞ〜〜。
ゆ〜〜っくり。


自分に言い聞かせながら続ける。


「マア、きかしゃんせ〜〜」
の「せ〜〜〜」。
苦労に苦労をした、この「せ〜」の抜き。


お稽古で、一度もできなかった音で抜けた。


この瞬間の私。
「よぉっしゃあああ!!!」と心で笑っていた(実は)。



いよいよ舞台の真ん中で踊り始める。
裾が。裾が苦しい。やっぱり。



きっと私の踊り、ダメダメかも・・・
だったら・・・せめて感情を込めてイロイロ伝えて・・・


・・・と何かが上手くいかないときに
「小芝居」でごまかそうとする悪い癖が心をよぎった。
「踊りがまずいなら、せめて表情で・・」という悪魔のささやき。



くるりと回った瞬間、
下手袖の師匠が見えた。


心の中に師匠の声が聞こえた。本当に聞こえた。



「あわてない!落ち着いて!
絶対に余計なことをしない!
何があっても顔で芝居するなよ!
踊りが安っぽくなる。
それをやったら全部台無しだからね!
とにかくゆっくり踊りなさい!」




何度もこの話は色んな人にしてるけど、
本当に私は師匠の姿に助けられた。


私は師匠に向けて心で一発叫んだ
(本当です・笑)


「せんせ〜〜〜〜〜!!!」



清元はその日の調子で変化する。
耳をすまそう。唄に三味線に。耳をすまそう。


聞こえる聞こえる。音が綺麗に聞こえる。


「藤娘」や「田舎巫女」のときには本番中に何度も
「あれ?音が余っちゃう」と感じながら踊っているところがあった。



しかし今回、それだけはなかった。
本番で、音が余る、音に遅れる、ということだけは一切なく、
それがしかも
「ここにはめますよ〜〜!!!!」という気合を入れなくても
自然にハマってくれた。



いやしかし。舞台の上は暑いな。



鼻の下に汗だか鼻水だか(笑)わからない液体がたまって
、くすぐったくて(笑)


「縁から下へ落ちの人~~♪」


この後の立て膝してる状態で膝をさすりながら、
立て膝してる足のかかとと
引いている足の膝で
交互に踏むところ。


予想してたとおりのことが起きた。
やっぱり裾がしまっているので
十分な立て膝にならなかった。
右足はまったく動かない。
予想していたとはいえ一瞬、焦った。
※この瞬間の焦りは、後でDVDを見たら
自分にしかわからない微妙な癖で、はっきりわかる(笑)※



右のかかとが使えないんだから、
右はもう無理しないで、
左の膝だけで勝負しちゃえ。



うまくいった。よし!これが精一杯!



「出入りの座頭、あんまと〜り♪」の後。
何回かに一度はずしてしまう間のところ。
お稽古では何度も遅れたり余ったりした。


これまた、気持ちよすぎるほどに入った。
心の中で「よしっ!」とつぶやく(笑)



「ちょうしかんなべ〜ふみかえし〜〜♪」


「ふみかえし〜で早く前に出たら
もったいないからね。
あんたが早く出ちゃうと
唄も三味線も早く出ちゃうよ。
あそこは、じっくり出ていいから。
あんたが決まるまで、
みんな待っててくれるから



よし。ゆっくり出るぞ〜〜〜〜・・・っと!!



おおおおお!



ホントだ〜〜〜〜!!!!


みんな待っててくれるんだ!!


こりゃ気持ちいいな♪地方演奏の醍醐味だな!




「くわばらくわばらかんのんきょう〜〜♪」


このあたりが体力的に一番きついところだが
「もうすぐ終わりが近い」と感じさせてくれるところでもある。
しかし苦しい。口を開けて息が吸いたい。



「ねずみをくわえてかけだすやら」
ここの膝詰め。
裸足で踊ってると時々
床に足がはりついて進みにくいのだが・・
気持ちよく、つつつ、と進んでくれた。


「やねではいたちがおどるやら」


ここはお稽古でバランスをくずして。
何度もよろけてしまったところ。
本番では絶対に決めるぞ!
と、おなかの下にぐっと力を入れた。


まったくよろけなかった。
嬉しかった!!!!



私は大きな失敗をすることなく
「無事に」最後まで踊りきることができた。


************************************************************




汗まみれになりながら・・・


近眼の私は
紗がかかったにじんだ光の中に居るみたいだった。



光の中にぼうっと見えるお客様の姿。
お客様の前で踊れるこの喜び。



あの光の美しさは、
舞台の上でしか味わえない。





足はつらかったし、裾を何度も踏んで怖かったけど。


師匠のお姿と、長いお稽古の日々が
いろんないろんな場面で私を支えた。



本番の18分の間に本当にいろんなことが起きた。
いろんな出来事があった。
まだまだここに書ききれない、いろんなことが。



その「いろんなこと」ひとつひとつに出会ったとき
「焦った顔をした私の姿」が
一度も出てこなかったことが
今回のとてもうれしい収穫だったと思う。



「あわてるなあせるな素にもどるな。
これをなあ、いつもいつも
しつこく言ってきたのは、
そういうときに役に立つよう、
刷り込んできたんだよ
洗脳だよ。洗脳(笑)」




師匠による「洗脳」は、成功(^−^)。



もちろん、課題は山積みだ。
まだまだ・・・・果てしなく・・・・私の踊りは未熟で欠点だらけだ。



でも18分の中で大きな収穫が沢山あった。
でっかい経験を沢山した。



この18分を経験するための半年があり、
そしてこのにじんだ紗がかかった光の中の18分があった。



「文売り」にしてよかった。
「文売り」に出会えてよかった。
「文売り」をお稽古してよかった。


光の中で「文売り」が踊れて、よかった。


心からそう思う。


一生一度の名披露目が「文売り」で


ほんとうによかった。


また、次の光の中で生きられる数十分のために
歩いていこう。


光の、中へ。再び。


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